京都の喫茶文化の話|【イノダコーヒ三条店】時間を更新する場所

イノダコーヒ三条店という、時間の居場所

三条店に入ると、まず丸いオーバルカウンターが目に入る。
その形は、かつてここで過ごした人たちの記憶を、そっと包み込むようにそこにある。

1970年に開かれた三条支店は、長いあいだ、街の人が一息つく場所だった。
リニューアルにあたって、名前は「支店」から「店」へと変わった。
それは格上げではなく、この場所が持っていた時間を、改めて尊重するための当然の流れだったように思える。

変えたもの、残したもの

コンセプトは「New Classical」。
旧三条支店の雰囲気を残しながらも、三条通側に1階2階それぞれに大きな窓をドーンと配し、日の光をたっぷり受けながら、それを吹き抜けがさらに開放感で包む。

リニューアルにあたり直線部分に継ぎ足しがされて、一回り大きくなったオーバルカウンター。
のままだけど皮は張り替えられて、綺麗になった椅子たち。

かつては玄関の床で皆を出迎えた、真鍮の「INODA COFFEE」の文字が2階に掲げられる。  

そしてその脇には、初代が描いた、陽気でやわらかな開放的な2枚の絵。

外観には、イノダを象徴する可愛らしいポットのオブジェと、三条店の看板がそのまま引き継がれている。

新しくなった空間の中に、確かに“前の時間”が息づいている。
懐かしさに寄りかからず、かといって断ち切らない。ブラさない芯を持ちながら、時代に合わせてちゃんと変えることで生き残って伝統を継承していく。
「伝統と革新」なんて使い古された言葉だけど、こういうところが「京都だなあ」と思わせてくれる。

京都の老舗が長寿企業として生き残ってきた秘訣の一つには、その本質、いわゆる文化の芯を変えずに守りながら、時流に合わせて柔軟に変えてきた部分があるからだ。

目の前で職人が淹れる贅沢

三条店では、職人さんが入れるネルドリップの様子をオーバルカウンターで間近で見ることができる。

ちなみにネルドリップは、紙のフィルターよりも目が荒いので雑味でもあり旨みや油分を通しやすい。それによって脂の膜ができ、味の酸化を防ぐこともできる。
「アラビアの真珠」の豆を買って家で淹れても、やっぱりこの味は家じゃ出せない。もう、ここで飲むべきものなのです。
ちなみにイノダではバリスタとは言わず、職人と呼ぶ。ここも好きポイント。

これは私が企画したイベントでの実演の写真。

湯の注ぎ方、布の扱い、一つひとつの所作が静かで、無駄がない。
この店が「体験」を売りにしているわけではないことが、逆に伝わってくる。
あくまで、いつもの一杯を、きちんと差し出すための動き。パフォーマンスなんかじゃない。 

そしてお湯の温度は、温度計では決して計らず、お湯の泡立ちや湯気の様子を見て判断する。
そういう、職人さんのカンドコロを大切にするところも、大好きだ。
温度計で測ればいいと思うでしょう。そんな無粋なことは言わないでくださいまし。

今、三条店で飲みたい一杯

底冷えする冬に嬉しいのが、温まるカフェオーレ。まろやかで暖かくておばあちゃんみたいで、これはもう単体でいい。
専用ホルダーをセットした耐熱性グラスがまたレトロで可愛いのよ。特注らしい。
写真がないので今度撮ってきますごめん。

こないだ、「これが自分は大好きで…」と語ってくれた職人さんの顔の嬉しそうなこと。思わず泣きそうになった。
京都の老舗の必須条件がここにまたひとつ。自分たちの作るものを愛していること。そして誇りに思っていること。これは必須。

そして三条店でしか飲めない「三条ブレンド 時〜とき〜」は、静かで、輪郭のある味。
インドネシアのマンデリンをベースに、グアテマラとブラジル豆をブレンドした深煎りタイプ。
がっつり濃厚なコクがあってガツンとくる感じがすごく好きで、これはブラックがおすすめ。甘いものがあまり好きじゃない私は、ケーキにはこれがおすすめ。
でも三条支店は食事メニューも楽しいから、ついそちらを選んじゃう。

京都の老舗論

カフェオーレの器が可愛いこととつながるけれど、イノダのアイテムはどれもこれも可愛い。
どのくらい可愛いと思っているかというと、私は家で小さいモーニングカップとミルクピッチャーとマグカップとポットふきんを持っているくらいには愛おしく思っている。
なお私はお察しの通り丁寧ならぬ暮らしをしているので、ミルクピッチャーは来客の時にしか使わない。

三条店がリニューアルオープンする時も、限定グッズ欲しさに何度か通った。

そうした可愛らしいグッズたちにあしらわれたデザインは、画家でもあった初代が描いたスケッチや絵柄が元になっている。創業者の思いが綿々と当たり前のように受け継がれ、今現場に立つ若い職人さんたちに受け継がれていることもまた、京都の老舗らしいなとしみじみしちゃう。

パーパス経営とか言われるようになって久しいけど、やっぱり創業者やトップの美意識とか感性が浸透していることが、企業の長続きの秘訣だと思う。
イノダの社員さんと話していると、心からそう思う。

16年前の自分へ

大学生の頃、夢見ていたことがあった。

いつかイノダと仕事ができたらいいな。
こういう美しいもの、優しいもの、愛しいものたちに触れて生きていきたい。
こういうものを伝える仕事をしたい。
そんな夢を、半分冗談みたいに、でも本気で切ないほどに思っていた。

それが今、三条店で私は企画をつくり、この場所の物語を誰かに手渡している。
(こんな知られざる会議室でイベントをさせてもらった)

この場所を「素敵だね」と言ってくれる人たちに、届けている。
諦めずに続けていれば、時間は、ちゃんと回ってくる。そしてその時を、京都はちゃんと待ってくれている。

そう思える場所が、ここにはある。

いつだって、京都の朝は、イノダコーヒの香りから始まる。

イノダコーヒという存在そのものについては、別の記事に綴りました。
▶︎ 京都の喫茶文化の話|【イノダコーヒ】香りは、時間を連れてくる

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