いつかここに眠りたい ②|【金戒光明寺】人生を変えた僧侶との運命の恋

人生の暗黒期、桜前線を追いかけて

私が京都で1番好きなお寺、金戒光明寺(通称くろ谷)の愛を引き続き語る。
〈金戒光明寺①〉へ

私の人生の暗黒期、大学二年生の春。
今までなら新学期が始まっているから、満開の桜に会いに4月4日前後(外さない桜のピークと個人的に決めている)に京都に行く旅なんてものは難しかった。

しかし時は2011年。
3月11日に東日本大震災が起きて、大学の授業開始が5月にずれ込み、4月がまるまる1ヶ月休みになった。大学に入ってからずっと心がささくれ立っていた私は、桜の盛りにひとり京都を訪れた。

「そうだ、京都、行こう」に導かれ

ちょうど前年の「そうだ、京都、行こう」のCMで気になっていたくろ谷へ。
昼下がり、満開のソメイヨシノに出迎えられる。薄いピンク色がよく映える山門をくぐって大きめの階段を、えっさほいさ上がる。

御影堂(ここではいわゆる本堂)で受付をすると、特別拝観期間中ということで、お坊さんが本堂内の各所を説明してくれるシステムになっている様子。

1人の高身長美坊主が「ご説明しますね」と出てきた。

あっらぁああ、これはまたとんでもなく見目麗しいお坊さんやん…どうしようまぶしすぎて直視できない…。

私が来たタイミングが悪く(むしろ良く?)、参拝者は私だけ。
マンツーマンご指導ではないか。

拗らせ女子の戸惑い

もうそれはそれは困った。

なんせ、中学では周りの男の子を忌み嫌い、高校は女子高育ちで同世代の男の子と話すことにとかく免疫がなかった。
大学に入ってからはやっと彼氏を作ろうと意気込んでいたら、好きになる先輩がことごとく友達と付き合うという不運。「私の魅力がわからない男が悪い」と思いながらも、自己肯定感が低いものだから、「どうせ誰も私のことなんて好きになってくれないんだ」といじけていた。

そんな私の目の前に突然背の高いイケメン美坊主が出てきたから、もうどうしよう状態。
その美坊主の語り口は落ち着いた低いトーンでありながらも丁寧で、かつちょっとしたユニークさも交えた、これまでの人生で間近に出会ったことがないようなものだった。
一方で言葉尻からは茶目っ気も感じさせ、これがまた私の奥の方を刺激した。

18年分の猛勉強を総動員

お寺の由来や縁起を聞きながらも、耳は半分だけ、残り半分はお顔に見とれていた。
それでも文学少女の意地で、運慶作の文殊菩薩や、吉備真備が中国から持ち帰ったという吉備観音について教えてもらいながら、高校で学んだ日本史の知識を総動員して切り返して、賢さを必死にアピールした。

武田五一設計の方丈へ進むと、虎の襖絵がある。これにはトリックアートのような仕掛けがあって、襖を開け閉めすることで虎の数が変わる。
一方で虎の目線は動かない。そんな仕掛けを実際に説明してもらいながら、架空デートを味わっている気持ちになっていた。今はここのお坊さん以外は襖に触れてはいけない。

近藤さんと芹沢鴨が容保様と謁見した部屋を鼻息荒く眺めて、紫雲の庭に抜けていく。

桜の木の下で悲しみ供養

「じゃあお庭はご自由に、ごゆっくりどうぞ」

嗚呼。一生続いてほしい時間が春の夜の夢のように一瞬で終わる。切ない。

ひとり、紫雲の庭へ降りて少し冷たい風に吹かれる。8分咲くらいの桜の下にあるベンチへ腰掛け、そっと眼を閉じる。
意気揚々と大学に入ってからの1年、悲しかったことをぽつぽつと思い出し、供養するように一つ一つを胸に抱きしめた。

好きな先輩や憧れの先輩が毎度毎度、自分の身近な友達と付き合ったこと(割と人を好きになりやすい体質ではある)。
アナウンサーに憧れて放送のサークルに入ったのに、そのために早稲田を選んだのに、周りがあまりに可愛い子ばかりで骨格の違いを思い知らされたこと。
古典を学ぶのを楽しみにしてたのに、そのために早稲田を選んだのに(アナウンサーのためじゃなかったのか)、思ったような講義がなかったこと。
何のために高校時代を捧げて勉強したのか、こんな大学生活を送るために泣きながら必死に頑張ってきたのかわからなくなってしまったこと。

何も救いがなくて、ひとりぼっちでさみしくて、悲しくて悔しくて寂しくて切なかった。一つ一つの哀しみを心に浮かべて反芻しては抱きしめた。この場所の流れていく季節の中に身をじっと沈めることで、なんとか歯を食いしばって立っているような感覚だった。

黄昏時、いつでもどこでも寝る私だから

・・・どれだけ時間が経ったろう。

ふと日の陰りを感じて目を開けると、本堂の扉のガラガラという音が聞こえる。まずい、またうっかり寝てしまったらしい。

私の特技の一つに、いつでもどこでも寝られるということがある。鴨川のベンチでバッグを枕に寝ていたら、「お嬢ちゃんそんなとこで寝てたら危ないで」とおじちゃんに声をかけられたのは前日のことだった。

いそいそと出口へ向かうと、さっきの美坊主が出てきた。

「もう閉門ですよ」
「すみません!」

小走りで出口へ向かう私に美坊主に、何をしてたのかと問われ咄嗟に、
「いやあ桜があまりに綺麗で寝ちゃって…」
と馬鹿正直にモジモジ答える。

すると美坊主は遠くを見ながら独り言のように、静かにつぶやいた。

恋の予感、西行に導かれ

「願わくは 花の下(もと)にて…」
あ、西行法師の歌だ。

「春死なん その如月の望月のころ、ですね」

私が続けると美坊主は、
「お、よく知ってるね」と微笑んだ。
胸の奥にふわっと風が吹き抜けた気がした。

願わくは 花の下にて 春死なん その如月の 望月の頃

桜を深く強く愛した西行は、満月の夜に満開の桜の木の下で死にたいと謳った。文学部にいるような人間でなくても知っている、有名すぎるくらい有名な歌だ。

でも咄嗟に出てきた良かった。今まで勉強してきたこと、本で触れてきたことが初めて報われた気がした。

山門まで小躍りで駆け降りて

御影堂の靴脱ぎ場まで見送られ、後ろ髪引かれまくりのなかで帰ろうとしたとき、小さなメモを渡された。
「これ、僕の連絡先です」
見るとお名前とメールアドレスが書いてある。

「明日ぼく、休みなんです。よかったら、案内しましょうか?」
「ありがとうございます、ご連絡します…」

胸の高鳴りを抑え小走りで山門まで降りる。
山門をくぐって桜が見える足のふもとまで来たとき、目に映る景色はまるで違っていた。ここにくるまでの道とも、これまでの18年見てきたものとも。もう物理的に春色、というか桜色の世界だった。

 

初めて知る、恋の予感。ふわふわする足元。大学の親友にメールする手が小さく震える(多分この時はまだラインがなかった)。
「ねえちょっと聞いて!!」

ただ春の夜の夢の如し

そこからは皆様の想像通り。翌日のお散歩と、一ヶ月間のメールを経て、私たちはめでたくお付き合いを始める。
2年の遠距離を含め3年半ほどの時間を共にし、宝石のようにキラキラした時間をたくさんかみしめた。最後はなんとも悲しいお別れが待っているけれど、はじめから終わりまで、私史上最もドラマチックな恋だった。

そう、「ただ春の夜の夢の如し」。平家物語にあるような、そんな恋だった。

ちなみに御影堂の前にある松は、「鎧掛けの松」という。平家物語でも人気の「敦盛」。頼朝に仕えた熊谷直実は一ノ谷の戦いで若く美しい平敦盛を殺してこの世の虚しさを感じ法然様の元で出家する。その時に血まみれの鎧を干した松だ。当時のものではなく二代目です。

ここが私の原点。

今でも、実は黒谷に行くのはちょっと勇気がいるというか、気持ちを整えてからでないと行けない。少し、心の体力が要る。

金戒光明寺の真裏にある真如堂は桜や紅葉が美しく、東山界隈ではそこまで混んでない穴場なのでよく訪れる。打ち合わせで最寄りのバス停である岡崎神社あたりにいくことも多かった。
でもなんとなく気乗りしないというか、「まあ、今回はいいか」を繰り返していた。
もしかしたら、出会った日のこととか、付き合っているときに彼の朝のお勤め(お念仏を唱えることです)をひとり本堂で眺めていた時間なんかを、記憶のままにそっとしておきたいのかもしれない。

しばらくすると春の特別公開をやめて、秋のみになっていた。春は前撮りでないと庭に入ることができなくなったのだ。
でも、それでいい。一生お目にかかれない方が、上書き保存されない方がいいと思っていた。

それが突然、この春にご縁があって15年ぶりくらいに紫雲の庭を訪れることになった。不安に思いながら15年ぶりに出会った桜は、あの時のものかわからなかった。
だけどもう大丈夫。ありがとう、ここが私の原点だ。

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