私が京都で「No.1」と断言する理由 ② |【ゲートホテル】元立誠小学校の記憶と図書館

京都で一番好きなホテル、それはかつて小学校だった

NO.1推しホテル〈THE GATE HOTEL 京都高瀬川 by HULIC〉、通称ゲートホテル。
第2弾ではこの場所とそこに息づく思いについて語らせてほしい。
〈ゲートホテル①〉へ

高瀬川の流れるこのエリアには、江戸時代には坂本龍馬が脱藩した土佐藩をはじめとする多くの藩邸があった。
私が初めて好きになった歴史上の人たち、新選組もこの道を幾度となく通った場所だ。

歴史が息づく土地がもう一度市民の集う場所に

立誠小学校は、全国初となる学区制の小学校「番組小学校」として建てられた。
大火災に見舞われ一度は閉校したものの、巨額の建築費が地域住民により賄われ、京都の小学校としては初の鉄筋コンクリート造の豪華な校舎が建てられた。
1993年に児童数が減って閉校した後、建て替え前は鬱蒼としていて怖かったと京都人の友人たちは言う。よそ者の私にその記憶がないのが至極残念である。

建物に刻まれた小学校の面影

高瀬川沿いから見るこの建物、ふと通りかかるたび、美しいなあと思う。

立誠小学校の跡地を活用して建てられたゲートホテルは、3階建てのSchool棟と、後ろに聳える8階建てのメイン棟からなる。私が大好きなレストラン「anchor kyoto」はこの8階だ。
School棟は鉄筋コンクリート造で、正面には小さな半円アーチを備えた縦長窓が並ぶロマネスク様式風。
クリーム色の壁がなんとも上品で、1階が商業施設、2・3階がいわゆるスイートルーム的役割の客室となっている。

憧れの旧校舎ステイと木屋町の桜

旧校舎を活かしたSchool棟。
高さはないが、窓からはなだらかな東山の山並みがのぞき、高瀬川沿いの部屋は春になると桜で埋め尽くされる。

実はschool棟にはまだ泊まったことがなくて、ワゴンでお酒やお菓子を運んでくれるらしい。次の誕生日はここに泊まりたいなあ。

一方でメイン棟の部屋からは窓際にいけば芝生広場を見下ろしながら東山を眺められる。高層階にあるクラッシールームは部屋がめちゃ広く、窓際にはソファとテーブルがあるのでそこでゆっくり飲むのもいい。

市民に開かれた図書館と芝生ひろば

宿泊者は1階の〈立誠図書館〉で好きな本を借りて部屋で読めるし、市民も登録すれば無料で本を借りることができる。

かつてグラウンドだった〈立誠ひろば〉では、青い芝生の上で市民や旅行者が思い思いの時間を過ごしている。
コーヒーやレモネードを飲む大学生、ビールを飲む中高年、走り回る子供、仲良く昼寝するカップル。

なんというかこういう、宿泊しない地元民が集える場にするというのは、きっとこの地にホテルを建てるにあたっての必須条件だったのだろう。
厳しいコンペを勝ち抜いたヒューリックさんの努力に、勝手ながら思いを馳せてみる。

“立誠”の名に込められた教え

School棟にある畳60畳の〈Retreat Room〉。朝ヨガが催されており、宿泊者以外も(有料で)参加できる。ここは立誠小学校時代、「自彊室(じきょうしつ)」として道徳や礼儀作法を教える空間だったらしい。

“人に対して親切にして欺かない”という立誠の精神を育んできた部屋だ。卒業生のおじいさんが「お説教部屋として怖かった」と語ってくれた。

階段には校舎の面影が残り、誰もが小学生時代を思い出すような空間だ。
窓の外には、かつてグラウンドだった立誠ひろばが広がっている。

桜、灯籠流し、そして“新洗組”

毎年、高瀬川沿いに満開の桜のもとで行われる桜祭りには多くの人が集まる。
その桜は、かつて小学校時代に数多くの子供たちの門出を見送ってきた、街の歴史を見守ってきた存在だ。

そうだ、夏の灯籠流しも行ってみたいんだった。

現在は卒業生や有志の団体〈新洗組〉が、高瀬川の清掃や草刈り、鳥の糞の処理までもしている。
卒業生や地域住民の「学校を残したい」という熱意。そして今はなき学区を思う気持ちが、このゲートホテルを形作っている。

ゲートホテルが、“立誠”という名の約束のもとに、歴史と私たちを繋いでいる。

〈ゲートホテル③〉へ

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