観光都市京都、その人気エリアど真ん中
観光客で溢れる世界的観光都市、京都。
その中でも人気を誇る東山界隈、八坂神社と清水寺。
両者をつなぐ「ねねの道」は、1年を通して多くの人が行き交う人気観光ルートだ。

石畳の趣深い参道では外国人観光客が写真をパシャパシャ撮っている。
その喧騒をちょっとそれて奥まで行ったところに、ひっそりと佇むお寺がある。岡林院と書いて「こうりんいん」と読む、知られざる名刹だ。これは正直…とても読めない。


ひっそりと息づく、最古の名刹
岡林院は1608年(慶長13年)に創建された、高台寺の最古の塔頭(たっちゅう)。

塔頭というのは、大きな寺院(本山)の敷地内に点在する、小さなお寺のこと。それぞれに経営者である住職がいて別運営を行っているのだけど、宗派は本山と同じで関係も深い。大きいお寺の中のグループ子会社のような存在と言えばいいのかな。
高台寺は京都でも有名なお寺で、「あっこは1年中特別公開をしてはるなあ」といけずを言われる。春の桜も秋の紅葉も美しい。

非公開の苔の禅寺、守られた静寂
御住職の青山さんとの出会いもまた、高台寺だった。高台寺には4つの塔頭があって、御住職はみなさん高台寺に奉仕(勤務)されているそうな。いいシステムだ。
同じ塔頭でも、秀吉の妻・北政所、通称「ねね」がいた圓徳院は有名だけど、岡林院はほとんどの人がその存在をしらないままだ。
それもそのはず。岡林院はいわゆる”非公開寺院”。普段は門を閉ざしていて立ち寄ることはできない。

でも去年の11月末(紅葉がすごくいい時季)とか、今年の年明けにも数日間公開していたから、行けるチャンスが必ずあると思うのでどうしても紹介したい。
なお宗派は私が大好きな臨済宗。
好きな宗派と聞かれたら浄土宗と臨済宗、これテストに出ます。
ご住職が大切に守る、緑の宝石たち
ここはもう、苔も新緑も紅葉もとにかく美しい。
やっぱり5月のGW明けから6月くらいがすごく好きかなあ。新緑が一番気持ちよくて、苔も深まっていく季節。


御住職の青山さんが日々大切にお手入れされているお庭は、もうため息が出るような美しさ。
顔を上げると青もみじに包まれて、透き通るような青葉が揺れて、その隙間から青空がのぞく。なんかもう絵画というか、着物の紋様みたいというか。
奥には東山の借景がチラチラ見えて、もうその東山がすごい近いというか本当に真裏が東山だから、借景というか一体感。
苔がまた、深すぎない黄緑でキラキラしてる。手前に、奥に、いろんな黄緑が散らばって、黄緑のグラデーションがすごい。

・・・御住職のお手入れはめっちゃ大変だと思う。毎日お一人でやっているそうな。
青もみじと苔に包まれる聖域
露地庭園を抜けた先には、茶室「忘知席」。

初めて訪れた日はすごく暑い日で、じっとしているだけで汗が吹き出すような夕方で。外はとんでもない暑さで日差しもすごいんだけど、ここでずっとじっとしていられる気がした。
ここにくるとすうっと冷静な、静かな気持ちになる。

世界的観光都市京都。
そのど真ん中のねねの道のすぐ脇。
そんなことを忘れるような静けさ。
そういえば昔の「そうだ京都行こう」のキャッチコピーにあったな。
”真夏だと言っているのは温度計だけでした” って。
私見:秋の紅葉は掃かないで!
秋の散り紅葉の感じも好き。フカフカの苔との相性も抜群。

去年の秋にいきなり寄った時、青山さんは掃除終わってなくてごめんなさいね、とおっしゃった。けど、私たち一般人は苔の上に紅葉が落ちているのが好きなんですよ。この場を借りて、京都の拝観寺院にお勤めの全お坊さんに言いたい。
秋は!お掃除しなくていいですよ!!
紅葉は履いて捨てたりしないで!大変だし!
もう、そのままにしておいてください!!!
※あくまで個人の一意見です

見目麗しい御住職夫妻
青山住職は、見た目の大きさというか怖さに反して、気さくでおおらかな人だ。
人に連れられて高台寺さんにご挨拶に行った時、臨時で対応してくださったのが青山さんだった。お名刺をいただいて「岡林院」の名前を見た時、私が鼻息荒くしていたのを、いまだに青山さんにいじられる。

バスケをなさるらしく、お身体がめっちゃ大きい。あの大きさはすごく競争優位だろうな。
あとお酒にめっぽう強い。同じペースで飲んだら今の私はもうあかん。皆で飲むと大体皆酔っ払うけど青山さんはしっかりしてる気がする。
奥様がまた超絶美人で、それもいわゆる量産型美人じゃなくて、造形が美しい、素材がいいんだよな。ショートカットのサバサバサッパリ美人で、清々しい。もう若葉みたいな透明感に会うたびびっくりする。
不便益――手間が教えてくれるもの

青山さんは言う。
“不便益、不便だからこそ得られる益があるんです。一回そういうあえて不便にしていくのって必要になっちゃうかなと思いますけどね。
不便だからこそ自分で考えるから頭を使うし、手も使う。何でもかんでも便利にするのがいいんじゃないんだよっていうね。不便を知るからこそ、便利なことがありがたい。簡素化して意味がなくなっちゃったものっていっぱいあると思うんですよ。それこそこの窯一つ取ってみてもそうで。
ここ、本当は炉が切ってあるんですよ。畳をはがして炉の畳にするとちゃんと炉が出てくるんですけど、これは電熱なんです。今はもうどこも電気。なのでこれ使ってても冬場は全然あったかくない。
でも茶室は畳の中にちゃんと炉の中に炭を組んで炭を立ててるので、4畳半の空間がすごい暖かいんですよね。昔の人って本当に賢かったんだなっていうのは、そういうところから感じますよ。
この障子も破れても張り替えたらいい話やし、机の足1本取れてるんだったら木削って足つけたらいい話やし。それが、安い新しいの買い替えるってのが今です。安いやつ出てきちゃったら、それで代を利くし、安いやつで、足が1本ダメになったら買ったほうが安いってなってそれ捨てて。
でも昔の人って一つのものをすごい大事にするから、そういうところに魂が宿る神様が宿るって言ってます。”
京都で静岡茶。仏様が繋いだご縁
静岡出身の青山さん。
私が独立前の東京の出版社でやっていた仕事で、静岡の自治体のお茶をPRする仕事がある。京都でお茶を扱ってくれるその話をしたら、そこのお茶を使ってくれるようになった。
京都で静岡のお茶を売るなんて、怒られてもおかしくない。京都の人に、「静岡のお茶を売らせてもらえるところないですかねえ」と相談すると大概「いやあそれは厳しいんちゃう」と鼻で笑われた。
そんな中で私のお願いを唯一聞いてくれたのが、青山さんだった。
「今こうして京都にいる自分が、離れてしまった地元のために何かできることがあれば嬉しい」と…。
もう、神様…いや失礼しました仏様でした。

青山さんのご厚意に甘え、自治体や茶農家さんを呼んで、境内の前の風情ある通りでお茶の試飲イベントをさせてもらった。
その時に一番買ってくれたのは、なんや静岡の人たちだった。まさかこんな京都のど真ん中で地元のものに出会えると思わんかったわ、と言ってくれた。
静岡の人は、優しい。
埼玉と静岡は京都好き?
自論なのだけど、京都好きには埼玉と静岡の人が多い。私の周りには、「一度は京都に住んでみたかった」という埼玉出身リモートワーカー軍団と、「京都が好きで移住しちゃいました」という静岡移住勢で溢れている。
なんだろう、何に惹かれるんだろう。海がない埼玉だけど京都も海はないし(いやすみませんあるけど)、いやそもそも静岡は海あるし。誰か解明してほしい。

あの「おにわさん」とのご縁
そして青山さんが、庭園に詳しい”おにわさん”とも繋いでくださった。
庭園フリークで全国のお庭をめぐるおにわさんについては別稿へ譲るが、お二方は静岡出身でジュビロ磐田の大ファン。お二人の熱い議論は止まることを知らない。白熱するサッカー談義をラジオのように聞きながら、私はいつもお刺身をつまんだり白ワインを引っ掛けたりしている。
多分、お二人が楽しそうに話している様子が最高のアテなんだ。女子校出身の私は、男性同士が楽しそうにキャッキャ喋っているのを愛でる癖があるかもしれない。
炎上騒動の真意
去年の10月、岡林院がネットニュースになった。エントランスの欄干や立ち入り禁止の結界が壊されたのだ。青山さんが苦言を呈したXに投稿があれよあれよと拡散されて、いろんな声がネット上に飛び交った。
誤解されがちだけど、青山さんは実は英語ペラペラで国際交流が大好きなお坊さんなのです。日本や京都の文化、仏教に興味を持ってきてくれるインバウンドの人は大歓迎なのだ。
私が遊びにいくとそういう海外の人と縁側とか門前で喋っているのによく鉢合わせる。中国人の留学生が坐禅に来て、青山さんちのお子さんと喋っていたりもする。
本当の国際交流って?
“個人的には国際交流とか大好きで。いろんな人が来て、話したり文化的にお互いに交流して、何か交換できるものってのはすごく大切だなと思ってるんです。
本音は、国籍問わずにいろんな人が来てくれる場所にしたい。僕、来い来いってすぐ言っちゃいますもん。お茶飲んで、他愛もない話をして、話さんでもいいから癒されるだけでもいい。日本人でも海外の人でも、どんな人でも来たらいいんですよ。本当はそうあったらいいですよね。正直そうですよ。誰かがふっと立ち寄れる場所にしたい。
でもそこに敬意だったり尊敬がなくて、一方的に自分のものを押し通そうとして相手をリスペクトしない人っていうのが一定数いる。それは違うんじゃないかなって思ってる。
人種とか国境関係なしに、その土地とか文化のリスペクトがあることが一番大事だと思うんです。
日本人でも一緒じゃないですか。日本人だから外国に行って相手に迷惑かけたらだめです。違う土地に行って、そこが大事にしてるものをないがしろにするなんてありえないことです。”
この街の文化を消費しないで
正直、私はいつも岡林院の参道で写真を撮っている外国人カメラマンを、温かい気持ちで見ることができなかった。

彼らは知識も経験も浅い観光客に、ありえないような色のポリエステルの着物を着せて、黒地に金の龍が描いてある紋付を着て、悪趣味な傘を持たせて、写真を撮り続けている。
そこには私が愛する日本の文化へのリスペクトや愛情が微塵も感じられない。
いえ、個人でこの街の文化を楽しんでいる人たちはまだいいんですよ。でも、この街の文化を食い物にして、消費して、自分たちのお金を稼ぐために踏み荒らしている人たちに言いたい。
ここはあなたたちが汚していい場所じゃないんです。
私が人生を賭けて大切にしていきたい、心から愛しているものたちなんです。

ここは誰かの大切な場所。
そんな話を青山さんにぶつけると、寂しそうにこう言った。

“京都への文化の理解がある人とか、そういうものが好きな日本人とかが今離れちゃってるのも寂しいですね。
友人に「おいでよ」と言っても、お前んとこ行っても外国人しかおらんやん、って言われちゃう。
まあ、この混雑見てると、そらそうやなあ。”
岡林院は通常非公開だけど、冒頭書いたように、時々公開されます。その時はぜひ溢れるほどの愛情をたくさん抱えて、岡林院にお参りしてもらえたら嬉しい。
心静かに苔達を愛でながら、青山さんと他愛もない話をぜひ楽しんで。
保守的と いうならどうぞ 戻らない この苔たちを 守りたいから

