夢破れ、東山あり。|【清水寺】朝日の涙とイノダコーヒ

東山の朝日、記憶の始まり

東山の朝日を見た初めての記憶は、大学1年生の冬だったと思う。

ときは14年前。
うら若き少女は、死ぬ思いで勉強して早稲田大学へ進学した。淡く華やかなキャンパスライフを夢見たものの、その期待をことごとく裏切られる日々だった。

早稲田での挫折、夢と現実の狭間で

アナウンサーを夢見て入部したサークル・放送研究会。

もうそもそも骨格から作りが違う美少女たちを前に、何をどうしたらいいのかわからなかった。そんな気持ちだから、先輩との距離にも悩んだ。
周りの友人ばかりが先輩に愛されているように見えて、私が可愛がられないのは、顔が可愛くないからだと心から信じていた。

でもその可愛い子たちが、驚くほど性格までいいものだから、もう気持ちのやり場がなかった。

打ち砕かれた夢とプライド

心待ちにしていた勉強も挫折だらけ。
日本文化を学ぶ世界は深い湖の中を泳いでいるようで苦しくて、そもそも期待していたような講義もあまりなくて、そもそも大学はバカみたいに大きいし、学生は多いし、たぶん私にはあまり合ってなかった。

ついでに大失恋もした。
今思えばなんてことないことのない、好きな先輩が友達と付き合ったというだけの話なのだけど、勉強も将来の夢も恋愛も先を断たれた少女にはこの世の終わりに思えた。

周囲360度全方位のありとあらゆることに悲しんで落ち込んで、恨んでさえいた。
泣いてばかりの毎日に全てが嫌になって、東京を飛び出して京都に逃げたのが大学1年生の11月末。紅葉が散り始める頃だった。

東京から逃避行、晩秋の京都へ

金曜夜。

顔も性格も可愛い子達に囲まれて、辛いアナウンスの練習。
21時半に終えて新宿バスターミナルから夜行バスへ乗りこむ。

うつらうつらしながら朝5時に京都駅に着いたら、公衆トイレで着替える。始発バスも動く前だから、京都駅から清水寺までとぼとぼ歩いた。

6時の開門と同時に中へ入り、一目散に奥の院へ行って、日が昇るのを待った。
私以外にはカメラを持ったおじさんがひとりふたりだけ。

失恋と挫折、恩讐の彼方に

徐々に京都の街を照らす朝日。じっと立っている私。

ああ、世の中に光がさしていく。
綺麗だな、世界は美しいな。

そう思ったら、急に悲しくてたまらなくなった。
自分の存在がえらくちっぽけに思えて、それが実感となって寂しさが押し寄せてきた。

すると、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。ずっと隠していた心の傷が、誰にも見せたくなかった汚い感情が、溢れてきたんだろう。
私が初めて京都に救われた記念日が、たぶんこの日だった。

今はなき、イノダコーヒ清水支店

どのくらいいただろう。バカみたいに泣き続けて、日が登ってもうすっかり明るくなってもまだ泣いていたんだろう。

泣き腫らした目で二年坂を降りていくと、今は亡きイノダコーヒ清水支店があった。コロナ禍で閉店してしまったのだ。

9時のオープンを待つ間、人少なの産寧坂とねねの道をぶらぶら。
大きなガラス窓の前、端の座席に座るべく、8時30分くらいから待機した。


人生の悲喜こもごも、イノダの片隅で

名物のモーニングセット、「京の朝食」。


さくさくクロワッサンと、ぶ厚いロースハム、出汁の利いたスクランブルエッグがついた。それらをフレッシュなオレンジジュースと共にいただいて、全部綺麗に食べ終わってからアラビアの真珠を出してもらうのが私流。
このクロワッサンが町の小さなパン屋さんのものということを知ったのは最近だ。鴨川にいるゆりかもめの存在を教えてくれたお姉さんが買ってきてくれた。

ブラック派の私が唯一、砂糖とミルクを入れるのがイノダのコーヒーだ。
白くて小さい可愛い角砂糖をぽとんと落として、ぷくぷく空気を出しながら溶けていくのをじっと眺めていた。

時が経ち、今はもうスティックのシュガーになってしまった。イノダのポットが印字されていて、これはこれで可愛いからいいのだけど、あの、ぷくぷく見る楽しみはなくなってしまった。

清水の朝日、イノダのコーヒー、私の原風景

あの日以降、このお店でいろんな幸せや哀しみを噛み締める時間を積み重ねてきた。

モーニングセットの「京の朝食」は提供時間が11時まで。それまでに何とか滑り込んで、遠距離恋愛中の恋人の仕事が終わるのを待っていたこともあった。
彼との将来に対して感じた不安を日記にしたためながらケーキを食べたり、社会人になってから元気がなくなるとカツサンドを食べに来たり。

コロナでの閉店を知った時、私は東京の会社のオフィスにいた。そしてひっそり泣いた。どうしても現実が受け入れられず、同志社のビジネススクールの受験の時に、自分の目で確かめに行った。

大切な場所がこんなにあっけなくなくなってしまうなんて。私がとんでもないお金持ちだったらあの土地を買ってイノダコーヒに返すのに、と。
お金持ちになりたい、と心から恨んだ。いつもホールにいた、肌のつやっとした女性のウェイターさんは元気だろうか。

あれから5年以上が経ったけど、今も私にそんな財力はない。
でも嬉しいことに、イノダさんと仕事ができるようになった。あの冬にひとりいじけていた私が見たらきっと驚くだろう。

でも、あの女性は元気ですか、と未だ聞けずにいる。

清水の 朝日を浴びて アラビアの 真珠に砂糖 落とせるイノダ

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