瑠璃色の世界で晶子の恋を考える|【瑠璃光院】拝観料2000円の価値と絶景美

八瀬の秘境、リフレクションの裏側へ

比叡山の麓、瑠璃光院。

この八瀬の地は、八瀬壬申の乱で傷を負った大海人皇子(後の天武天皇)がこの地で癒しを得たことから、「矢背」と記され、平安貴族や武家に「やすらぎ」の場所として長らく親しまれてきた。

叡電の八瀬比叡山口から歩いて向かう瑠璃光院。
リフレクションを生かした紅葉も青もみじもすっかり有名になって、インスタ映えする写真を撮ろうともんのすごい人が押し寄せる。

10年前の静寂を経て

10年前、紅葉の時期でもここは観光客なんてほとんどいなかった。
試験的にやっていたライトアップを見に一人で行った時、そこに勤める女性がこうおっしゃっていた。

”存続がなかなか苦しいんです、守りたいけど…いろいろ考えないといけなくて。これも一つの試みなんです、うまくいくかわからないけど…。”

あの方が今の瑠璃光院のような賑わいのきっかけを作ったのだろうか。
今もお元気だろうか。この賑わいを、どうみているのだろうか。

まあ賛否両論あっていいと思うけど、今は私はなかなか行こうとは思わない。

青もみじ、深緑、苔…五感が喜ぶグラデーション

それでも、青葉の時期に行くとやっぱりいいなあと思う。
ここは新緑がことさら美しい。春は大体、4月半ばから6月半ばくらいまで公開している。

個人的には桜が終わった直後、4月20日頃のまだ若葉のような、新芽のような透き通る青もみじが大好きだ。

GW明け頃、青にもう少し深みが出た緑のグラデーションの世界も捨てがたい。だけど、大人気の書院の机に映る「瑠璃の庭」は、6月になると苔が”瑠璃光浄土”さながら瑠璃色にキラキラ輝くから、それもいい。
結論、この時季はいつ行ってもいい。

現世に現れた瑠璃光(るりこう)浄土

山門を抜けると、「山露地の路」がある。空を見上げて、透けるような緑に手をかざす。青空の青もそのまま、光が抜けてきそう。破けてしまいそうなほど透明で、葉を通り抜けて光が私にさして来る。

いざ浄土の世界へ、高揚感に包まれる。

瑠璃色というのは僅かに紫を含んだ深みのある濃い青のこと。瑠璃、すなわち宝石のラピスラズリのように鮮やかで光を通して見えるような透明感をもった輝きだ。
そして東の彼方にあるとされる薬師如来の住む清らかな国土、「瑠璃光浄土」を思わせる。瑠璃光浄土というのは、仏教において東の彼方にある薬師如来の住む清らかな浄土を指す。病苦や悩みの一切ない安穏な世界だ。
瑠璃光院は青葉と苔の輝く季節にこそ、その名前の意味がわかるところだ。

君亡き夏

まだ透き通るような若々しさを持つ青もみじを見上げて、つい口ずさんでしまう歌がある。

青空の もとに楓の ひろがりて 君亡き夏の 初まれるかな

与謝野晶子が、夫・鉄幹が亡くなった年に詠んだ歌だ。
上の句の爽やかさがまず目をひく。夏が近づいて、本来なら明るい気持ち、高揚感に包まれていく時。
そこで一転して、下句にかけてのさびしさが抜けていく。

でも隣には、愛するあなたはいない…。
鉄幹を心から愛しむ心。愛する情熱。鉄幹を亡くした哀しさ。そういういろんなものが沁みてくる。「かな」がその余韻、寂しさを放っている。そして、哀しみをこんなに美しく歌い上げる力に脱帽する。

晶子の場合、長い結婚生活を経ても、愛情が全然薄くならないどころか、ずっと増していったように思う。
晶子の恋を知った時、人って、こんなにも誰かを愛せるんだと驚いてしまった。

和歌において亡くなった人を悼んだ歌を「挽歌(ばんか)」というんだけど、これは全然そんな感じはしない。これは「恋歌(こいのうた)」という感じ。恋歌もまた和歌の一つのジャンルだ。
晶子のように、生涯愛せる、こんな人に出会えたら。1人、そんな人に出会えたら。
…と思うけど、そんなことは大抵の人にはないし、あったら大変だとも思う。

外二と佐野藤右衛門、二人の巨匠が共演

この瑠璃光院、明治時代には別荘が建てられ、三条実美によって「喜鶴亭」と名付けられた。その後大正時代に大規模な改築が行われ、現在の数寄屋造りの書院が完成したという。

建築は京数寄屋造りの名匠・中村外二(そとじ)が担当。中村外二は同僚から最近よく聞いて、そのすごい人なんだということをやっと認識した。数々の有名な寺社建築に揃いの法被で入っていく姿がカッコいんだとか。
庭園は京都の桜といえばこの人、佐野藤右衛門一門によるものと伝えられている。

龍が天に昇る様子を描いた池泉庭園「臥龍の庭」もみてほしい。

拝観料2000円の価値

ちなみにこの瑠璃光院。大人2000円の拝観料が、学生はなんと半額の1000円になる。大学院に通っていた当時、少し余裕が出たタイミングで瑠璃光院に行ってめちゃめちゃ驚いた。

京都の学生はいいよなあ。
京都で大学生をやることのメリットは本当に大きいと思う。文化的価値に、実質みたいな金額で触れることができる。そしてそういう幼い時に本物に触れた記憶が、大人になってもどこかに残っていて、審美眼が育つんだと信じている。
それを私は〈文化リテラシー〉と呼んでいて、そういう感覚が身の回りのものを美しく見せてくれたり、何かに触れた時に心を豊かにしていくと思っている。

ちなみに拝観料を高いという人がいるけど、日本の寺社仏閣は拝観料が安すぎる。特にインバウンドからちゃんと取らないと、この場所を守っていけないと思う。

生涯色褪せない恋心

『白桜集』には他にも鉄幹を失った歌が収められていて、例えばこんなのもある。

封筒を 開けば君の 歩み寄る けはひ覚ゆる いにしえへの文

野暮な解説はもはや不要でしょう。
もうそこかしこ、いろんなところに鉄幹の影を感じて、失恋した10代の乙女のような歌にも聞こえる。

『みだれ髪』の時と同じ、もしくはそれ以上の熱量で、晶子は生涯、鉄幹に恋をしていた。言うなれば1枚の葉が紅葉して散っていくことがなく、ずっと透けるような若々しい青葉でいるような感覚。

そして私もまた10代の黒髪の乙女の時から、京都にずっと恋をしている。その気持ちはやっぱり色褪せることはなくて、年を経て歳を重ねて行くほどに増すばかりで。
そういう叶わない恋心とか、晶子の悲しみを抱きしめながら、静かに風の音、水の音を受け止めてみる。

安らぎと癒しの地へ

この八瀬の地も、古より「やすらぎ」の場所として人々を癒やしてきた。
5月から6月頭、平日静かな日に、一人で訪れてみてほしい。

ご本尊、阿弥陀様に手を合わせれば、柔らかくて美しいお顔立ち。

初夏の光を浴びながら、涼しい風に青もみじが揺れる。
ここは、悲しみを癒す極楽浄土だ。

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