「京都より好きな人ができたんだね」への違和感
「京都より、好きな人ができたんだね」
「京都と結婚するんじゃなかったの?」
結婚を決め、この街での新たな歩みを始めた私に、周囲はそんな言葉を投げかけた。2025年の秋から冬にかけて、何度その響きを耳にしただろうか。そのたびに、私は喉元まで出かかった反論を飲み込み、静かな苛立ちを覚えた。

違う。断じて、そんな生易しい理由ではない。
私は京都を裏切ったわけでも、この街への熱量を誰かに明け渡したわけでもない。むしろその逆で、私の京都への「片想い」が、生活という名の「覚悟」へと昇華された結果なのだ。この違和感の正体を、私は自分自身の言葉で、丁寧に解きほぐしていく必要があると感じている。
1脚だけのワイングラス、孤独という名の美学
かつての私は、ゲートホテルで一人、ワイングラスを片手に、この街と一対一で静かに対峙していた。
鴨川を、高瀬川を、ねねの道を、きゅっと口を強く結んで歩きながら、やり場のない焦燥を、空にぶつけていた。

京都にいると、何でもできるような気持ちになった。前向きで積極的で、何者にもなれるような無敵の心地。でも、実際に京都に住んでみれば、何者でもない今の自分がそこにいて、そのギャップが苦しくて堪らなかった。そんな時、いつも心の中で繰り返してきた。
“大丈夫。私には京都がある”
これまで、いつも誰か男の人の手を振りほどくようにして京都へやってきた。京都より大事な人なんていなかった。京都より好きになれる人なんて、京都より忘れられない人なんて、いなかった。

私が京都と向き合う時、たぶん他の人はいらない。感性を研ぎ澄ませて、昔の人たちに思いを馳せ、自分の中の感情と対峙するのは、一人の方がずっとやりやすいから。祇園祭を見るのに、独りでもいい。むしろ、独りがいい。桜も紅葉も、1人でゆっくり見つめたい。私と京都として、一対一で向き合いたい。あの孤独な時間は、私が私であるための、誰にも侵されない聖域だった。
鴨川のベランダで、私は「降参」した
そんな私の頑なな壁を壊したのは、彼が放った一言だった。
“内見するだけしてみようよ”
2024年11月。同棲を頑なに拒んでいた私に、彼は「理沙ちゃんが絶対に気に入る家がある」と自信満々に連れ出した。部屋の扉を開けた瞬間、私は息を呑んだ。

リビングを埋め尽くす窓いっぱいに広がっていたのは、私の人生をかけて愛してきた、あの景色だった。眼下を流れる鴨川、その奥に座る東山の稜線。私が命をかけて愛する京都が、あまりにも正しく、私の脳内のイメージそのままに、圧倒的な肯定感を持って存在していた。
今決めれば安くしてくれる。そもそも、すぐ他の人に取られてしまうかもしれない。不動産屋さんを室内で待たせたまま、ベランダに並んでその景色を見つめ、あれこれ議論した。
しばらくじっと思い詰めて悩む私の顔を覗き込み、彼が言った。
“こんな家、一人じゃ住めないよ?”
その瞬間、私は初めて自分に「降参」した。

荷物を背負ったまま、隣で生きる覚悟
彼のその言葉は、私の荷物を肩代わりしようとする甘い誘惑ではなかった。私が一人で背負い、執着し、見つめ続けてきた京都という街の重み。その重みを、隣で同じ景色を見つめることで共に引き受ける、という静かな宣言だったように思う。
私は荷物を彼に預けるつもりはない。この重たくて美しい「京都」を背負ったままの私で、この景色の中で、この人の隣で生きてみよう。そう決めて、私はその場で同棲を承諾した。二人の影がベランダに並び、鴨川を見下ろす。ようやく、この街の住人になった気がした。

彼に言われたことがある。
“京都を見つめる、理沙ちゃんの目が好き。”
お寺や神社に行ったときの私の眼差しが美しいと。見えないものを見ようとする目が、優しいのだと。
兼好法師と共鳴する、青葉への愛惜

同棲を始めてから春が来て、南禅寺を歩いていたときのこと。瑞々しく光る新緑を見上げて、彼が「俺、桜より好きかもなあ」と呟いたとき、私はハッとした。
”卯月ばかりの若楓(わかかへで)、すべて、万(よろづ)の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり”

兼好法師が『徒然草』第139段で記した、どんな花にも勝るという青葉への賞賛。彼は理屈ではなく、この街の空気に触れる中で、その深淵な美意識を自らのものにしていた。私が見ている世界を、彼は確かに共有している。そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
この人となら京都を一緒に歩いてもいい。私のこの眼差しを持ったまま、歩いてみよう。そう思った。

1200年の地層を、二人で踏みしめる日々
今、私たちは二人で働き、背伸びして高い家賃を払って、この鴨川の景色の中に生きている。毎朝、東山から昇る朝日を浴び、夜は静まり返った川の音を聞く。それは、この街への、そして私たちの未来への、決して安くない「投資」だ。

「京都より好きな人ができた」のではない。京都を愛し、命をかけて対峙し続ける私の居場所を、見つけただけ。
この決断の先に、あのSODOHの夜——108本の煩悩という名のバラを受け取る、あの運命の日が待っているとは、この時の私はまだ、知る由もなかった。





