御所と一生の想い出|【京都御所】蛤御門の弾痕と叶わぬ恋、歌の力

”御苑”を”御所”と呼ぶ京都人

春がもう目の前に迫った3月上旬のある日、とても好きな人と御所の西側を歩いたことがあった。

厳密にいうと御所ではなく御苑だ。御苑の中の仙洞御所や京都御所が、本当の御所である。でも京都人は御苑全部をひっくるめて”御所”とよび、「御所に行く」という。「御苑に行く」とは決して言わない。
じゃあ本当に御所に行く時はなんというかというと、「御所の中」とか「中まで入る」とか言う気がする。

遠い日の春、御所の西側を歩く

その日は用事があって今出川から南に下がっていただけなのだけど、天気もいいのでなんとなくせっかくなので御所の中を歩こうということになった。

いつもより五度くらい気温が高く桁違いに暖かい日で、日差しが柔らかくて。常日頃は御所の北から南までをもう嫌んなるほど長いと思っているけど、この日ばかりは、めちゃくちゃ短かった。
もうどのくらい短いって、四条大橋を渡るくらい一瞬だった。
この道がずっとずっと続いてほしいと思いながら、御苑の砂利道が歩きにくくて、どのくらいの距離感で歩いていいのかわからなくて、私はずっとふわふわしていた。

きっと忘れない、浮かれた蛤御門

西側のちょうど折り返しぐらいのところにある蛤御門と呼ばれる門には、幕末の長州藩と幕府側の戦い、通称”禁門の変”の折にできた弾丸の跡が今も残る。弾痕は皆が触るからもう丸くなってしまった。中には偽物もあるという。
戦火の中、いつもは開かない門が開いたことから、火を通すと開く蛤の例えがついた。

そんな話をしたら、その人は心から驚いてくれて。そのことも、もう何もかもが嬉しかった。

目に見えるもの全てがキラキラ光って見えた。その人が私のことを別に好きじゃないとわかっていながら、それでも、いやむしろわかっているからこそ、一歩一歩が愛おしかった。
隣にいるこの人は絶対に私のものにはならない。でも、だからこそ、この時間だけは私の思い出に、私のものにしようと思った。これからの人生でこの人と会うことはもうきっとほとんどないだろう。そんな悲しい予感の中で、何でもないこの時間を一生忘れないと思った。

君の一日(ひとひ)と我の一生(ひとよ)

栗木京子のこの歌をひこう。

観覧車 回れよ回れ 想い出は 君には一日(ひとひ) 我には一生(ひとよ)

意味は言わずもがな。
待ち望んだ遊園地の君とのデート。あなたにとっては1日のただの出来事でしかないけれど、私にとっては一生の思い出です。
そんな意味だ。君にはひとひ。我にはひとよ。余韻が淋しく残る。

1200年分の地層の上に

京都で恋をするといつも思う。

この御苑には、かつて紫式部たちが過ごした琵琶殿があって、公家町が広がっていて、天皇様がいて。何度も何度も焼失と復興を繰り返して、江戸期には庶民の観光地になって今みたいに東京から観光客が公家の参内を見物しに遊びに来て。
幕末になるととても哀しい戦いがあって、東京遷都で荒れ果てて、もう一度蘇って、人々の憩いの場になって。

そうやって積み重ねられてきた長い長い歴史の、1200年分の地層の上に、今私が立っている。
1200年の歴史の、地層の一番上。その上に私は独りで立って、恋をしている。泣いたり笑ったり、美しい景色に心震わせたり、誰かを妬んで汚い気持ちになったり。でもこの不思議な感覚を、幸せで嬉しいことだと思う。

哀しみを昇華してくれる歌

ちなみに先ほどの歌、栗木さんが京大2年の時に詠んだものだ。大好きな片思いの相手とデートの時に詠んだ歌かと思ったら、大学のゼミ仲間と枚方パークへ行った際にできた歌だとか。
もう、才能が溢れてすごいな。歌は作者の意図やその時の状況を離れて、遥か遠く広く、人々に広く深く愛誦されていく。

だいぶ昔のことだけど、冒頭書いた人のことがとても好きで、苦しい時期があった。
時間が経って今はもうその苦しみも和らいだけど、でも、あの日の想い出はやっぱり今も、忘れられない「一生」なのだ。こういう私の、私たちの色んな感情も全部受け止めて、その時代の層を作ってくれるのが、京都というまちだと思う。

私のこの思い出も、届かなかった思いも、京都の地層の一部になってくれたら、浄化されるような気がする。歌は、叶わなかった想いとか哀しかった痛みとか、誰かを羨むちっぽけな気持ちとか、そういうのを昇華してくれる力がある。

目の前の恋をより一層美しく

歌の力についてもう少し考えたいので、いっとき愛称していた歌を引こう。

しののめの ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき

”しののめ”は東雲と書き、明け方に東の空が明るくなっていく頃だ。
私とあなた、それぞれがそれぞれの着物を纏って帰っていく悲しさを歌ったもの。

恋人との明け方の別れの歌を、和歌の世界では「きぬぎぬの歌」という。男性が女性の家に通っていた通い婚の時代、夜になると男性が女性の元を訪れ、朝がくる前に帰っていく。逢瀬の時に脱いでいた服を互いに着て帰るのだ。

しののめの、と始まり、ほがらほがら、きぬぎぬ…この柔らかくて美しい音の響き。恋人との悲しい別れが、こうも美しい言葉になるのかとわか。

大学生の遠距離恋愛をしていた頃は、久々に逢った彼と夜を過ごして朝を迎えて、それぞれ東京と京都に離れ離れになっていった。その夜明けの気持ちにズドンとはまって、よく口ずさんでいた。東山が明るくなっていく様子を見ながら、彼女たちと同じ明け方を今自分は同じ思いで同じものを眺めているのかと胸がキュウっとなった。

恋人の不在さえも

この、哀しみが美しいものへと昇華されるのが歌の力だ。どんな深い悲しみも、いつまでも残したいと思うような美しい芸術になってしまう。そして心を癒してくれる。恋心に彩りを、色を添えてくれる。

白居易の「雪月花のとき最も君を憶ふ」という詩も、美しいものを見たときに離れた恋人を思い出す、美しい詩だ。恋人の不在というのは通常哀しいものだ。でも、こんな美しいフレーズになっちゃう。もう、大好きだ。

経験が生かされるのが恋の歌。でも。

早稲田の古典の授業で、先生が「恋の歌は特に自身の経験が生かされる」と言っていた。そう言われた20歳の私は当時、”文学は経済や心理学、理系と違って社会の役に立たない“という一つの説をどう受け止めていいか分からなくて、独り静かに苦しんでいた。文学を本気で学べば学ぶほど、その深みにはまるほど、わからなくなっていった。

でも、大学4年の時。
同志社に国内留学し、京都の風景を見ながら1年間、どっぷりと身を沈めて学んでいくことで気づいたことがある。

文学は心を豊かにしてくれて、今の私の日常に色を付けてくれる。美しいものがもっと美しくなる。
恋心も恋人の存在も、恋人が不在の時の悲しみも切なさも、全てが愛おしくなる。” 

生きることを美しくしてくれる言葉たち

もう、それで十分だった。
こんなにも生きることを美しくしてくれる文学を、私は大切にしたいと思った。

だからもっともっと勉強しようと思った。そうして出会ったものたちは、私の叶わなかった恋や届かなかった思いを優しく癒してくれている。
若き乙女の時は、恋の経験が歌の意味を教えてくれた。でもちょっと大人になった今は、悲しい出来事の落とし所を歌が教えてくれる。
文学を、古典を本気で勉強しようと思ったのも、勉強してよかったと思ったのも、京都の街のおかげであり、御所のおかげだ。

誰にでもきっとある”ひとひ”の思い出。
御所の西側には、私の”ひとひ”の想い出が眠っている。

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