
上京区の優越。
以前住んでいた家は、二条城の真北にあった。
〈二条公園①〉へ
第2弾はその住まいについて書きたい。
面した東西の通りは、竹屋町通。丸太町の一本南。ここは不思議なところで、竹屋町通りの上(北)は上京区、下(南)は中京区なのだ。
だから私はいつも四条とか河原町とか街に出て行く時、中京区役所の前をしょっちゅう通るのに、わざわざ同志社近くの今出川にある上京区役所まで行かないといけない。非常に不服だった。
区議会選挙になると選挙カーの声が響く。
「中京区の皆さんこんにちは!」
ここは上京区や!!
でもなんとなく色んなところで住所を書く時に「上京区」と書くのが気分が良くて、まあ、それだけのことだった。
独立の朝、ひとりのテラス

この家を選んだのは、屋上のテラスが気に入ったから。京都の街を360度見渡せる6階のテラス。周りは戸建てばかりだから、東山の朝日も嵐山の夕日も京都タワーも見えた。
8月16日の五山送り火は大文字も左大文字も、舟形や妙法の切れ端も頑張れば見えた。

住み始めた時は独立したてで、バカみたいに働いていて。明け方まで仕事をした後にテラスへ上がるのが日課だった。
朝日を見るまで働き続けて、でも不安や焦りや寂しさは募るばかりで。
過労とストレスで入院したのが、暑さが落ち着き始めた2年前の9月のことだった。
東山の朝日
引っ越す前は別れが悲しくて別れ難くて、毎朝ラジオ体操をしていた。

この歳になるとラジオ体操も終わった後に息が上がる。途中で誰かが来るとそれはそれは恥ずかしくて。誰も来ないでくれと思いながら、でもそんな恥じらいもこの30余年でどこかに落としてきた気もする。
季節が刺さる409号室
隣には二条公園という公園がある。春は早咲きの桜が咲いて春の訪れを教えてくれて、夏はもうクマゼミがすごいのなんの。それがもうとんでもない音量で、「え、関根さん外にいる?」と聞かれるレベル。
そして西の部屋なので西陽が強くてめちゃくちゃ暑いし、蚊もものすごい。夏の夜にうっかり公園のベンチで感傷に耽っていたら酷い目にあった。
窓から見える秋の紅葉も結構遅めの晩秋まで真っ赤になって美しいし、冬はもうただひたすらに寒い。どのくらい寒いかというと、もう外より寒い。比喩じゃなくて特に春なんかは外より寒い日が続く。
でも、部屋から見る夕暮れが大好きだった。繰り返すが私の部屋は西日が刺すように差し込む西側なので、夕日はそれはそれは美しくて、清少納言がいう通り、とんでもない。それが暑さに耐える唯一のご褒美だった。

傷つきしほどは傷つけ来し
この公園の真ん中にはブランコがある。ここに引っ越してくるまでブランコなんてじっと見ないことが久しかったから、この歌を思い出した。
風に揺るる 鞦韆(しゅうせん)一つ 傷つきし ほどは傷つけ 来しと思えり
山埜井喜美枝の歌だ。
昔、とても悲しい恋ばかりしていた頃の話だ。
傷つく恋をして、哀しみに慣れ過ぎて。でも別に傷つかない訳じゃなくて、悲しいのは何回経験しても変わらなくて。傷ついて、麻痺して、人の痛みが分からなくなる。
自分が傷ついた分、他人も傷ついてもいいと思ってる。恋の相手が傷ついたって構わない。
そんなふうに思った時があった。
だから、色欲のない、手に入らない世界に行きたかった。こういう苦しみとか執着とか哀しみとかしがらみとか愛情とか全部ないところに行きたい。そんな夢の世界がないだろうかと願った。

公園より騒がしい、わたしの日々
でもそんな夢のような世界はなくて、京都しか私にはなくて。
だったらそういう場所を作りたいと思った。ひとりで寂庵に暮らす寂聴さんのようになりたいと思った。そして、そう思った女性たちが来られる場所になったらと。いつかそういう場所を作りたいと思っていた。
今はもう少し、破滅的じゃない、ちゃんとした正規の受け止め方でこの歌を味わっている。傷ついた分だけ誰かを傷つけてる。知ってる時も、知らない間にも。落ち着いた調子でこの歌を味わえるようになってよかった。
傷つきしほどは傷つけ来し。何かあったらこの言葉を思い出せる大人でありたい。

変わっていく風景を受け止めて
来年には数軒隣にシャングリラホテルができる。ここの雰囲気も、変わるのだろう。
こんな機会はないと思って住民説明会に行ったら、近所のお爺ちゃんお婆ちゃんが様々な持論をアクロバティックに展開していて、味わい深いものだ。
長い口上を述べるおばあちゃんに続いて、勇気を出して手を挙げた。
「あのぉ…宿泊の住民割ってありますか?」
「ありません」。
おじいちゃんお婆ちゃんの冷たい目線にくじけず続ける。
「あの、じゃあ.…住民向けレセプションとかお披露目会とか…?」
「ありません」。
くう、悲しい。帰り際、責められてばかりいた担当者さんに
「いろいろ大変だと思いますが、頑張ってください」というと、泣きそうな顔をしていた。大変なんだろうな…。
守りたいものは何がなんでも守り続けたいけど、変わっていくものもまた時代の流れとして受け止めたいと思う。

ゆりかごから墓場まで
ちょっと前から、公園の北側に老人ホームのようなものが建設されている。児童公園の名を冠した二条公園の向かいにつくられるのはこれまた味わい深い。
建設風景を見ながら、“ゆりかごから墓場まで”という就活中によく聞いたフレーズを思い出した。企業が口を揃えて事業内容の幅広さをアピールする時に使う文言だ。
変わっていく街と、それを見つめる私。多分変わらない夕日。
そうして、また新しい季節がめぐってくる。






